堀江貴文『すべての教育は洗脳である』を読んだ。国家、会社という洗脳から解放されたグローバル人材になりたい


最近、堀江貴文氏の本を読んでいますが面白いです。

堀江さんの本を読むと、最近ツイッターで流行っているインフルエンサーたちは堀江さんの二番煎じか下位互換のように見えてしまいます。「好きなことをして生きる」ということが主張される前からそういう生き方を実践してきているし、なぜそうしているのかという理由も筋が通っていると感じます。

堀江氏の書籍の中でKindleで無料で読めるものから読んでいます。『なんでお店が儲からないかを僕が解決する』も『刑務所なう。』も面白かったですが、『すべての教育は洗脳である』が私が最近考えている内容に近く、とても刺さったので感想を書いてみます。

 

 

概要

タイトルに「教育」とありますが、この本は教育論というよりもむしろ、副題にある通り「21世紀の脱・学校論」といったほうが正しいです。

学校という国家主導の機関によって日本人がどれほど洗脳されているのか、またその思い込みがいかに無意味なものかということを解き明かしています。

 

国家は想像上の産物

そもそも国家や国民とは明治維新を機に突然現れた概念で、「モノとしての国家」が存在しているわけではない。できるだけ早い段階から「国家」という概念を信じこませるのが教育だ、と言っています。

その結果、”国民”は国のために労働し納税し、戦争になれば国のために死ぬことさえあります。国のために死ねない者は非国民だと見なされます。

それほどまでに国家は絶対的なものだと信じ込まれていますが、よく考えてみれば国家とはなにも本質的なものではありません。日本は島国なので分かりづらいですが、陸続きの国であれば、人間が引いた線を境に土地や人民が分けられ幻想の上にアイデンティティを形成しているだけです。

私は少し前に言語交換サイトに映画の感想を載せました。「国のために人を殺すというこが理解できないため、主人公には共感できなかった」と書きました。たくさんコメントをもらいましたが、愛国主義のインド人は「僕は国のために死ねたら本望だ」と言い、アメリカ人は「国のために死んだ人に対して感謝すべきだ」と言い、カナダ人は「国家なんてイリュージョンだ」と言っていて、色んな人の意見が聞けて面白かったです。

愛国主義のインド人のコメントからは私に対する非難が感じられました。彼から見たら私は利己的で薄情者に見えるのだと思います。

ですがこの本を読んでから、私は薄情なのではなく「国家」を自分の命を捧げるに値するものだと見なしていないのだということに気づきました。さらに言えば「値しない」というよりも「国家の本質的な存在を認めていない」が近いです。カナダ人が「イリュージョン」、堀江さんが「想像上の産物」だと評したように。

 

会社も想像上の産物

本来存在しないものを洗脳によって信じ込ませ、利用する…という構造が、「会社」と「労働者」の間にも存在します。

国家主導の教育により洗脳され均一化された労働力は、会社にとって使い勝手のいいものです。「いい大学に入っていい会社に入る」、「結婚して家を建てる」のが幸せだと洗脳しておけば、少々不当な扱いをしても労働者は逃げません。さらに「愛社精神」を植え付ければ、給与以上の働きをしてくれるでしょう。

その究極が「会社のために死ぬ」です。

健康な人が「死ななくてもよかったのに」「辞めればよかったのに」と感じるような行為に及んでしまうのは、洗脳のせいだとしかいいようがありません。

 

国家は消滅しつつある

テクノロジーの進化によって、「国家」「会社」という洗脳はもう長くは待たないでしょう。

インターネットが「国境をなくした」という認識を持っている人は多いです。堀江氏はそれだけでなく「テクノロジーの利便性が国の権威よりも重要になった」と指摘していました。

つまり、「日本に住む日本人である」ことよりも「インターネットがつながっていること」「アマゾンの配達が届く場所であること」「スマホの充電ができること」の方が、日々の生存戦略に関わってくる、と言っています。

日本を出て海外で働いている私としても、この説は実感があり説得力があります。国家が国民を縛り付けることは、これからの時代どんどん難しくなっていくはずです。

BASE、teachaなど、会社を挟まずにモノ・サービスの提供者と顧客を直接結び付ける仕組みが存在することを最近知りました。洗脳から自由になった人々を受け入れる土壌はできてきているのだなと思います。

 

次世代の人材とは

堀江氏によると、国家という拠り所を失った人々は、「G人材」と「L人材」に分かれていきます。

G人材はグローバルを行動規範とし、L人材はローカルに根付く人材です。両者の違いは優劣ではなく、何を大事にするかという価値観の違いです。

 

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一般的に使われている「グローバル人材」という言葉の中身は単なる「インターナショナル人材」に過ぎず、この本でいう「G人材」とは異なります。
日本人として海外に出ているだけで、結局国家という幻想にとらわれているからです。

G人材はまさに今私がなりたいと思っている人材像だと感じました。場所にとらわれず、今を大切にする生き方です。

 

他にも、「貯金という洗脳」や「没頭する」ということについても、詳しく書かれていました。「没頭力」と「没頭によって得た知識や技術」こそが、これからの時代に価値があるのだと思います。このあたりは同氏の『10年後の仕事図鑑』につながっていそうです。

というわけで『10年後の仕事図鑑』『多動力』を次に読んでみたいと思います。
『嫌われる勇気』も読みたいと思いつつ読めていなかったのですが、本の中で言及されていたので買おうと思います。

堀江さんにはこれからも歯に衣着せぬ物言いで、真実を直視できない世の中を炎上させてほしいですね。

 

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