穴を掘る人


ナマステ! Nainaです。
今日も前の会社の話です。(いつかブログを読まれて後ろから刺されそう)

高校3年生のとき、友達が

「昔の中国では穴を掘っては埋めるっていう刑罰があったんだって。意味のないことをやらされ続けると人って死ぬらしい。」

ということを教えてくれました。

真偽のほどは知りませんが、それから7年たって、彼女の言葉が突然蘇りました。

そのとき私はまだ日本で働いていて、毎日のように夜遅くまで残業をしていました。
予算編成という名の「偉い人たちへの言い訳資料作り」をするためです。

事実に基づいて予算を立てても、「これでは数値として成り立たない」だとか「この悪化要素は説明できないから盛り込まないようにしよう」「改善を入れろ」などの圧力がかかり、最終的には私の知らない数字が出来上がります。
私はこの修正作業を「数字遊び」と呼んでいました。

そして偉い人たちへの説明が済むと、私の作成した資料はただの紙屑となります。
予算ではなく説明資料だからです。
その後、予算をオーバーしようが誰も気にしません。再度もっともらしい言い訳を考えるだけです。

これが管理会計というものなのか?これが仕事というものなのか?と考えたときに、たどり着いたのが先述の彼女の言葉でした。
意味のない資料を作って直して捨てるのは、まさに穴を掘って埋めるのと同じです。

そう思いだしてから、仕事ができると尊敬していた職場の先輩もただ穴を掘るだけの人間にしか見えなくなりました。
彼らはいかに早く深く穴を掘るかということに執着し、日々研究を重ね、今ではドリルで穴が掘れるようになったことを誇りに思っているようでした。

私も作業が遅いと怒られながら、スコップの使い方から学びました。
二年間であともう少しで先輩と同じようにドリルが使いこなせるところまできましたが、最後のほうは「だから何?」という虚しさしかありませんでした。

自分の掘った穴が何かの役に立つと信じていたとき、先輩のようにドリルを使って穴を掘りたいと思っていたときは、どれだけ忙しくてもがんばれました。
ですが、穴を掘って埋めることの無意味さに気づいてしまった瞬間から自分のやっていることが何かの罰にしか思えなくなり、心が折れるのと同時に体調を崩し入院までしました。
意味のないことをさせられるというのは、本当に刑罰になり得るほど辛いものだということを身をもって学びました。

考えようによっては、穴を掘っているだけで毎月お金がもらえる素晴らしい会社です。
ただその無意味さに気づいてしまった以上、私はそこに留まることができませんでした。
私の貴重な時間は、意味のある(と信じられる)ことに使いたいと思っています。

驚いたのは、穴を掘るのが上手な人が会社では”仕事のできる人”として尊敬されていたことです。
そもそも私は優秀な人がいる環境で働きたいと思って、大企業を目指しました(大企業以外に優秀な人がいないという意味ではなく、優秀な人がいる確率や割合が高いという意味で)。
たしかにみなさん優秀でしたが、その優秀さはいかに穴を早く掘るかということに使われていて、穴を掘ることの意味や仕事の本質については不思議なほど無頓着でした。

本当の優秀さとは、穴を早く掘ることではなく、家やお城を建てることではないかなと思うのですが…

今もサラリーマンなのでときには本質的でない業務もやらなければならないですが、その仕事に意味があるかどうかというのは常に心にとどめておきたいです。

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