転職を決意した瞬間


人間というのは基本的に慎重で現状維持を好む生き物だと思います。なので、何か非常に強いインセンティブが働かなければ、なかなか転職という道を選択することはできません。
特に日本はまだまだ転職に対するハードルが高いので尚更だと思います。

インセンティブには「もっと給与を上げたい」といったプラスのものもあると思いますが、私の場合はそうではなく「この会社を辞めてやる」という気持ちでした。

辞めたいな〜とただ思っている状態から、絶対に辞めてやるという固い決意に変化した瞬間がいくつかあります。

 

 

オフィスで日付をまたいだ時

予算策定の時期、作業が終わらないため毎日23時ごろまで残っていました。
23時までやって「時間はかかったけど終わった!」という気持ちで帰れるならいいのですが、業務が終わることは基本的にないので今帰らないと明日の効率が落ちて本格的に詰む、というギリギリの時間で帰っていました。

前日遅くまでがんばったから翌朝はゆっくり出社ということもあり得ません。
結局、二年間で一度もフレックス制度は使いませんでした。

繁忙期が佳境を迎えつつあったある日、ついにオフィスで日付が変わる瞬間を迎えました。
作業に没頭していて時間の感覚もなくなっていたのですが、24時になった瞬間、事務のおばさんの机でアラームが鳴り出しました。
一緒に残っていた隣の課のおじさんが、「24時になるといつも〇〇さんのアラームが鳴るんだよなぁ」と言っていました。(この人も人が良いので色々仕事が回ってきて働き過ぎてました。私が辞めるとき、良い決断をしたと言ってくれた。)

おばさんは24時まで残らないからアラームが深夜に設定されてることも知らないんだろうな、と思ったら自分がここまでやっていることが馬鹿馬鹿しくなりました。
同じ部署でも早く帰っている人や、同期でも定時で帰れる部署で働いている人もいるのに、なんで私がこんなことをしなきゃいけないんだろうと思いました。
そして他の人は楽でいいよね、と僻んでいる自分もすごく嫌でした。

24時アラームを聞いたこの日に何かがぷつりと切れ、他の人がうらやましいなら自分もそういうところで働こう、辞めたいなら辞めればいいんだ、と思いました。
文句ばっかり言う人間になる前に辞めなければという決意をしました。

 

「嫌ならお前が辞めるしかない」と言われた

繁忙期が終わって落ち着いたころ、教育担当の先輩に「もっと早く帰りたい。そういう職場に変えたい」と言いました。
新人ひとりではなかなか声をあげづらかったので、若手社員で団結しようという目論みでした。
先輩も長時間労働を経験してきた人で辛かったときの話も聞いていたので、私の気持ちを理解してくれると期待していました。

ところが、
「残業時間が減ったらその分成長できなくなる。」
「お前が変えたいって言っても上の人や会社は変わらないよ。」
と言われ、私の期待は見事に打ち砕かれました。

それだけでなく、
「そんなに嫌で不満があるならお前が辞めるしかない」
 とまで言われました。

あまりに酷い言われようだったので、後から他の先輩が心配して「Nainaさんがんばってると思うよ。あんまり気にしないで」と慰めてくれました。
気を使ってもらいましたがあまり効果はなく、繁忙期が終わって嬉しい日のはずだったのに悔しくて悔しくて帰ってから泣きました。
「言われなくても辞めてやるよこんな会社!!!」と思いました。
転職サイトに登録したのがこの日です。

私が「もう辞める!! 12月に辞める!!!」といいながら泣いている動画が今も携帯に残っています。(彼氏が私の転職の意思が揺らがないように証拠として撮っていたものです。笑)

ちなみに私に酷い言葉を投げかけた先輩は私の他に2人を教育したのですが、2人とも会社を辞めています。
そして私が担当していた業務は、過去に新人が配属されて精神を病んで異動になったことがあります。
私は割とブラックな会社の、ブラックな工場の、ブラックな部の、ブラックな課の、ブラックな先輩にあたるというものすごい確率を引き当ててしまっていたんですね。。

 

職場懇談会

先輩に打ちのめされた数週間後だったと思いますが、部で職場懇親会がありました。
職場懇親会は名前ほどほのぼのしたものではなく、労働組合主催で従業員(我々)が事前に出した不満や要求に対して会社側(部長と課長)が回答するという会です。

その時の要求は「もっと休暇を取りやすくするために、上司から呼びかけてほしい」というものでした。
経理部メンバーのもっと休みたいという切実な願いがここにも表れています。

職場懇親会は部の全員が参加するわけではなく私は出席者に選ばれていませんでした。
ですが、「どうせ辞めるなら上層部にも最後に言いたいことを伝えよう、もしかしたら何か変わるかもしれない」と思い自ら志願して参加することにしました。
私は普段、そういうことをするような人間ではありません。勇気をだしてがんばりました。無駄だったけど!

懇談会が始まり、労働者側から「今の職場は休みがとりづらい。他の部では課長から半強制的に1週間の休暇を取るなどの施策を行っている。経理部でも取り入れてほしい。」という主張をしました。

部長・課長からの解答は、

「他の人に気を使って休めないほど雰囲気の悪い職場なのか? 職場でコミュニケーションをとるほうが先ではないのか。」
「休みは上から言われて取得するものではなく、自分で調整してほしい。」(理想論)

というちょっとずれた(ずらした?)ものでした。

しばらく聞いていたものの、意味のない議論に我慢できなくなり、
「別に遠慮して休みが取れないわけじゃなくて、本当の問題は調整の余地がないくらい業務が多いことだと思います。」
「課内で業務を負担し合って順番に休みを取りたいと思っても、人の業務ができるほど余裕のある人は今この職場にいません。」
「業務の効率化は十分行っていると感じていて、そもそもの業務量が多すぎます。そういう意味で上から強制的に休暇を取らせるのは意味があるのではないですか。」
と発言しました。

課長は「それなら君たちの主張している意味は分かる」と一応理解を示してくれましたが、例の先輩から「言ってることはわかるけど、お前がそれを言ったら成長が~(以下繰り返し)」という制止が入りました。

後ろから刺された気分でした。どっちの立場で出席してるんでしょうか。
結局、ああいう場でも皆が保身に走るので何も変わらないということが分かりました。
先輩は保身どころか自分のアピールの場として使ってます。なんて優秀なサラリーマンでしょう。

私は辞めるつもりで出席していてもはや会社の評価などどうでもいいという境地だったので何でも言えますが、明日からの生活や将来の出世がかかっている人が上司の顔色を伺うのは仕方がないと言えばそうかもしれません。
そんな組織が良い方向に向くとは到底思えませんが。
労働組合や働き方改革なんてすべて形骸化していました。

この日悟ったのは、残業時間が無駄なのと同じように、この職場を変えようという努力も無駄だということです。

職場懇談会の直後、食堂で彼氏と会って耐えきれず(また笑)泣きました。
彼氏は「食べながら泣くなんて異常だから本当にもう辞めたほうがいいよ」と言っていました。

 

だからこそ辞められた

これを書いているうちに当時の悔しい気持ちが蘇ってきました。

私はもともと終身雇用を望んで会社に入ったタイプで簡単に辞めたくはなかったので、辞めようと決意した後も職場を変えるために奮闘しました。
そして、読んでいただければわかるようにことごとく裏切られました。

振り返るとその悔しさや恨みが私に火をつけて転職活動をがんばらせてくれたなと思います。
そうでなければ、会社を辞められなかったと思います。
そのまま会社にいつづけられたらよかったかというとそうではなくて、それはただのBoiling Frogであると思います。

せっかく飛び出したからには、大海を知る蛙となりたいと思います。(かっこいいこと言ってみたけどよくわからない!)

この記事へのコメント

  1. インドで頑張ってるんだね^ ^
    時々、実はブログ読ませてもらってたよ。会社でこんなことがあったんだなぁと今更悲しくなると同時に、新しい環境で頑張ってる様子を知って、私も頑張らなきゃと刺激を受けてます!何はともあれ、体に気をつけてね(^^)またインドでも日本でも、会いましょう〜!

    1. ちあきありがとう!!(名前だけ消せた笑)
      ブログ読んでくれてありがとね。
      インド来てね!!!

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